保育士給料と保育料無償化

昨日の記事「惜しいAERA dot.記事「保育士の給料~」」では、保育事業者の人件費比率の低さを指摘する意欲的な調査報道だと評価する一方で、学識者の監修を受けなかったが故の抜けている課題を指摘しました。人手不足による保育士の疲弊ぶりに対して、利用者の側からも給料を上げてあげて!という声も聞かれるようです。その財源はどこから捻出すべきなのでしょうか?

私はかつて、川崎市、中野区、大田区の保育料見直しの検討委員会に関わったことがあります。これらの自治体の”当時”の問題意識は、一方的に国策として押しつけられた待機児童解消の目標のため、節約節約で来ている財政支出を保育所新設と運営費に青天井で増やしていて、このままではヤバい、いくらかは利用者負担で回収しないと破綻するという点で共通でした。これらの自治体では独自の保育料減免を入れて、国が定める利用者負担の上限額よりも保育料を安くしていました。

福祉行政や社会保障の世界では「応能負担」という自己負担ルールが歴史的に受け継がれました。一方で、例外的な分野として医療や介護は「応益負担」という自己負担ルールを採用してきています。応能負担とは所得や資産の状況を見て自己負担額(割合)を決める原則で、応益負担とは使った分だけ定率での自己負担割合を決めるというルールです。医療や介護の世界にも、自己負担額の上限を決める高額療養費・高額介護費という2つめのルールもあります。

認可保育所の保育料も長らく「応能負担」がルールになっていました。認可外保育施設は「応益負担」で、何時間利用するといくらの保育料と決まっていることがほとんどです。これが幼児教育・保育の無償化によって「タダ」になるとどうなるでしょうか?私の関係している自治体の多くが税金による持ち出しが多くなる見込みで、保育士の給料を増やせる(処遇改善)運営費の増額にはこれ以上回せなくなります。さらに「タダの魔力」と言いますか、タダなら利用したいという層を掘り起こしてしまうので、需要増加に対して待機児童解消も遠のく見通しです。全国市長会が反対する意見を申し入れている件は以前に書きました

保育料負担の見直しを検討する際に私自身が考えていたのは、保育料増収分(特に高所得者に国基準に近い保育料負担)で待機児童解消を目指すことでした。高所得者にとって割安な認可外保育施設を選択肢に入れてもらったり、増収分を認可保育所を希望しながら入れなかった利用者へ保育料差額補填(中野区で実施中)したり、あるいは保育所新設の補助金に使うことをイメージしていました。財源が増える分、より多くの保育所定員を整備できるからです。ふつうの経済学者なら、保育料はサービス価格なので、それを引き上げれば需要が減ると思いがちですが、長期的な生涯年収の機会費用とのバーターなのでそう簡単には減りません。

ところが、幼児教育・保育の無償化でこのイメージががらがらと崩れ去りました。全国市長会が主張するように、無償化財源を国費で全額負担したとしても(消費税増税分)、需要が増える分だけ各自治体の財政支出は増えます。それは子育て世帯の家計を助けてくれたりはするかもしれませんが、各保育所の運営費と保育士給料には反映されません。個々の事業者の人件費比率を問題にするよりも、保育料無償化がもたらす処遇改善の遅れの方を問題にするべきです。