在宅医療推進-野田総理・柏市訪問をつなぐ線

元厚生労働事務次官の手腕に舌を巻く

ここに2つのニュース記事がある。どの新聞・テレビも報じていることなので、朝日新聞と時事通信から引用しておく。

朝日新聞「在宅医療充実に重点、勤務医の負担減 診療報酬改定」

治療や検査など医療サービスの4月からの価格が決まった。中央社会保険医療協議会が10日、診療報酬の改定内容を答申した。患者宅でのみとりや緊急時・夜間の対応などの報酬を手厚くし、在宅医療の充実を後押しする。(後略)
http://www.asahi.com/national/update/0210/TKY201202100220.html

時事通信「高齢化対応の団地視察=父介護で「身につまされる」-野田首相」

野田佳彦首相は11日午前、千葉県柏市を訪れ、高齢者が在宅のまま医療・介護サービスを受けられるまちづくりを目指している豊四季台団地を視察した。(後略)
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2012021100040

医療関係の点と点に過ぎないように見えるこの2つのニュースは実は密接に関係している。2つの点をつなげているのは、元厚生労働事務次官、辻哲夫東大教授だ。医療に関しても病院中心主義を止めるという彼の考え方については私も支持する。ただ、ものごとの進め方に関してはその手腕に感服する以外にない。

辻教授の所属する、東京大学高齢社会総合研究機構柏市豊四季台地域高齢社会総合研究会というプロジェクトを推進している。ここで行われているのは、訪問看護と地元医師会の開業医チームによる在宅医療の推進プロジェクトである。

いわゆる往診と呼ばれる訪問医療は移動コストを考えるとあまり効率の良くない方法だと考えられている。柏市・豊四季台団地は高齢化が進んだ団地で、高齢者つまり潜在的な医療サービスの需要が高いエリアとなっている。そのため、看護師や医師のチームが在宅医療を実施するには都合の良い「患者の集積」が起こっている。次の患者宅への移動コストを最小化できる条件がそろっているのだ。ニュータウン開発された地域の多くが、同一世代が集住している特徴をもっている。例えば子育て期に公団住宅をマイホームとして購入した層は、年齢も所得階層も似ているので、あるとき一気に高齢化が進行する。豊四季台団地はその典型例で、都市部近郊にはいずれ同じ傾向が見られるだろう。

私は2011年12月にある研究会で、辻教授からこのプロジェクトの概略と今後の進め方について直接聞く機会があった。年金問題で責任をとって事務次官を辞めることになったものの、以前から在宅医療推進はライフワークだと公言していた辻教授は、実証プロジェクト推進と同時に制度改正までも厚労省OBとして働きかけを強めていた。人によっては「暗躍」と評するかもしれない豪腕ぶりだった。過去官僚たちは、現役官僚が動けない領域で制度改正のサポート(政財界・学界への根回し等)をしたり、大局的なアドバイスをする役割を果たしている。

なぜ、在宅医療推進が望ましいのかと言えば、高齢者介護の分野で老人ホームよりも在宅介護を優先するように制度改正が進んでいるように、医療の分野でも病院で晩年を過ごすのではなく医療保障を受けながら自宅で過ごすことがノーマルかつ費用が安くつくからだ。介護では、老人ホームも「在宅」という定義になる過程にあり、住み慣れた自宅や地域でサポートを受けながら生活することを目指している。在宅医療も同じ考え方で、病院の集中治療室でスパゲッティ状態に管をつながれた状態で最期の時を迎えるのはノーマルではないと位置づける。

豊四季台団地での在宅医療推進プロジェクトは、訪問看護と訪問医療をチームにして、看護師や医師の個人負担を分散させることで円滑な運営が可能になるということを実証した。従来の往診は医師の個人的な責任感によって成り立っていて、診療報酬つまりお金の面ではまったく報われることのない医療だった。それを4月からの診療報酬改定では1500億円投入することが決まっている。だめ押しが野田総理による視察訪問である。

自分のポケットに入るわけでもない1500億円(これを足がかりに増やしていく構想だろう)、自分のライフワークを実現させるために各方面に働きかけていく姿勢は、厚生労働省OBならではとも感じている。霞が関の役人は出身官庁によってかなり色が違い、最右翼は経産省、最左翼は厚労省あたりだろうか。制度改正に次いで、野田総理を視察に連れ出した手腕には舌を巻く。ある意味で、今回の診療報酬改定について首相のお墨付きをもらったようなものだ。野田総理がそこまで利用されていることに気づいたかは疑問だが。