福岡伸一『動的平衡1・2』


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分子生物学者・福岡伸一の雑誌「ソトコト」での連載をまとめたものである。彼の代表作と呼べるのは生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)だろう。細胞膜すら持たないウイルスは生物なのか無生物なのか?という問いかけから、読者を分子生物学の世界へ引き込む手腕は秀逸だった。本書2冊もそこから逸脱することなく、様々なエピソードを交えながら読者が腑に落ちる説明をしている。

個人的に興味を引かれたのは、『動的平衡1』でとりあげられていた「記憶物質は無い」ということ。
脳内に何らかのタンパク質で記憶が閉じ込められているとするならば、それを抽出して他人に移植することで記憶が再現されるはず、との仮説が成り立つ。しかしながら、そういったことは確認されておらず、ニューロン回路の形成によって記憶されているというのが現状での理解とのこと。我々が記憶を振り返ったとき、例えばアルバムの写真を見たときなど、改めて記憶が再構築されて想起されたかのように認識するのだ。

何らかのきっかけで記憶が再構築されるというのは、行動経済学で言われるところの意思決定の判断基準は問われて初めて構築される、もともと合理的判断基準を持っているわけではない、ということに通じると思った。つまり、端から見ると不合理な判断をしているように見えて、人間はその時々で判断基準を構築するのでまちまちなものになってしまうのだ。行動経済学の理解は、数々の心理学を交えた実験の検証から生まれているが、分子生物学の側からも図らずも補強された格好に感じる。

なお、タイトルの「動的平衡」は福岡の知見の到達点であり、生物を構成する様々な物質は常に変化し入れ替わっており、今この瞬間にも取り替えられつつある存在、そういったことを説明している。目の前に見ている人もいつも変化し続けている。新しい視野が開かれる思いがする良書だ。